現代社会では、働く環境の変化や業務の複雑化にともない、社員の健康管理がますます重要視されています。しかし、健康管理をどのように進めればいいのかと悩む企業も少なくありません。この記事では、企業が取り組むべき健康管理の基礎から実践までを解説します。また、社員の心身の健康を守るために取り組むべきポイントを詳しく紹介します。
「安全配慮義務」とは
安全配慮義務とは、使用者である企業が従業員の健全な身体や精神が損なわれることがないよう、安全な労働環境を提供する責任を指します。この考え方は、単なる倫理的な責務にとどまりません。
安全配慮義務を果たすことは、法律を遵守する以上に企業が従業員を尊重し、持続的に成長するための基盤を築く行為といえるのです。法律や規範に基づいた取り組みを進めることは、結果として企業への信頼性を高め、長期的な競争力の強化にもつながります。
法的義務である
安全配慮義務は、使用者が必ず実施しなければならない法的義務です。2008年に施行された労働契約法によって、法的な義務として明文化されました。
労働契約法には、企業が従業員の生命や身体の安全を確保し、働きやすい環境になるよう配慮しなければならないことが、明確に記載されています。2008年の法律施行以前にも、判例上で安全配慮義務は認められていました。
しかし、その根拠は判例に基づくものであり、法律で明記されていたわけではありません。2008年の労働契約法の施行によって、この義務が明文化され、使用者の責務が法的な裏付けをともなうものとなったのです。
従業員の保護の基準が明確化され、安全配慮の欠如によるトラブルや訴訟への対応のあり方も一層重要になりました。
損害賠償に発展したケースも
労働契約法自体には、罰則規定が設けられていません。したがって、違反した場合には、直ちに刑事罰が科されるわけではありません。
しかし、企業が安全配慮義務を怠った結果事故や健康状態の悪化により、損害賠償を命じられる可能性があります。過去の判例では、従業員の安全確保に必要な措置を講じなかった企業に、多額の賠償が命じられた事例も存在しています。
長期的なメリットをもたらす
さらに、安全配慮義務の範囲は、単純に事故や災害を防ぐ措置を講じることだけにとどまりません。企業が積極的に安全で快適な労働環境を整えることで、従業員の働きやすさを向上させます。
また、精神的な安定をもたらすため、企業全体の生産性向上やイノベーションにも寄与すると考えられています。
労働者の健康管理を行うメリット
社員の健康管理に取り組むことは、企業にとって多くのメリットをもたらします。具体的な効果について、ここでは詳しく解説します。
生産性の向上
社員の安全と健康が確保されることの最大のメリットは、生産性や顧客満足度の向上です。健康な状態で働く社員は、集中力や効率が高まり、高品質な商品やサービスの安定供給が可能になります。
その結果顧客満足度が向上し、その結果、売上の増加や業績が伸び、結果として従業員のモチベーションも高まるといった好循環を生み出します。
リスクマネジメント
労働者の健康管理を徹底することは、企業のリスク管理上、非常に重要です。体調不良や疲労が蓄積した状態で業務を続けると、ミスや事故といった重大なトラブルが発生するとともに、製品やサービスへの信頼性が担保されません。
その結果、顧客が離れ、経営悪化にもつながってしまいます。したがって、社員の健康を守ることは、結果的に企業のリスクマネジメントにも直結する非常に大事な試みです。
人材確保につながる
さらに、健康管理の適切な実施は、休職者や離職者の減少にも貢献します。病気やメンタルヘルスの問題で休職や離職が増えると、必要な人材の確保がむずかしくなり、商品の質やサービスの維持が困難になる可能性があります。
また、離職が発生した場合、新たな人材の採用や教育には多大なコストが必要です。よって、社員が健康であることは業務の円滑な遂行だけでなく、採用や教育コストの削減にもつながり、企業の運営効率を高める重要な要素といえるでしょう。
企業イメージの向上
社員の健康管理は、企業のイメージ向上にも寄与します。健康的で活気ある職場環境を整備している企業は、社会的な信頼を得やすく、すぐれたブランドイメージを形成します。このようなポジティブなイメージは、消費者にとっても魅力的な企業として映り、売上の増加や新たな市場開拓の機会を生むでしょう。
また、健康経営に力を入れる企業は、就職活動中の求職者や優秀な人材からの注目を集める傾向があります。社員が働きやすい環境を提供していることは、企業の採用活動においても大きなアドバンテージです。
一方で、従業員の健康に配慮しない会社の場合悪評が広まり、今後の人員確保がむずかしくなるリスクがあります。
職場の健康管理を行う際のチェックポイント
職場の健康管理を適切に実施することは、社員の働きやすさを向上させるだけでなく、さまざまなメリットをもたらすため重要です。健康管理を実施する際には、いくつかの重要なポイントを押さえる必要があります。ここでは、安全配慮義務を果たすために企業が考えるべきチェックポイントを解説します。
労働条件は適切か
過重労働を防ぐために、労働時間、休憩・休日、勤務場所、人員配置など、労働条件を適正に保つことが重要です。過重労働は心身の健康を害する大きな原因となり、最悪の場合は過労死や過労自殺といった深刻な問題を引き起こします。
たとえ従業員自身が問題ないと感じている場合でも、企業が主体となって管理することが求められます。健康を損なう働き方は、長期的に企業の生産性を損なうことを理解し、労働環境の改善に努めましょう。
積極的に関与できているか
企業に求められるのは、積極的な従業員の健康状態の把握、および改善行動です。労働安全衛生法では、従業員に対する定期的な健康診断の実施が義務付けられています。
これには、雇用時や1年に1回の定期健診だけでなく、深夜業務や有害物質の取り扱いに従事する場合の特定業務従事者健診も含まれます。ただし、健康診断を実施するだけでは不十分です。
診断結果を基に、従業員の健康状態に応じたフォローアップを実施し、必要な処置や指導を講じることが不可欠です。
配置が考慮されているか
従業員の、個々の体調や病歴に配慮した業務配置も重要です。従業員が特定の業務によって健康を害するリスクがある場合、企業が適切に対応しないと安全配慮義務違反に該当する可能性があります。
たとえば、持病を抱える従業員にはその負担を軽減する業務を割り当てる必要があります。また、現在健康な従業員であっても突然の体調不良に対応できるよう、万全のサポート体制を整えておくことが必要です。
具体的な健康管理方法
企業における健康管理は、社員が安心して働ける職場環境を築くためにも欠かせない要素です。多くの企業では、すでにさまざまな取り組みが進められています。
しかし、効果的な健康管理を実現するには、具体的な方策を理解して実践することが重要です。ここでは、企業が実施すべき健康管理方法を具体例で紹介します。
長時間労働の改善
長時間労働や過度な残業は、社員の体調やメンタルに深刻な影響を与えます。そのため、勤怠管理を徹底し、特定の社員や部署に長時間労働が偏っていないかを確認する必要があります。
2020年4月からは、中小企業にも月45時間、年360時間までに時間外労働の上限規制が法律で定められました。この基準を守るためにも、無駄な作業の削減や業務の効率化、外注化の検討が必須です。また、業務量がどうしても減らない場合は人員の増強を図るなど、根本的な対応も考えなければなりません。
健康診断の実施
健康診断は、健康管理のもっとも基本となるもので、対象となる全社員が受けなければなりません。労働安全衛生法では、正社員と同等の労働条件で働くパートやアルバイトも、健康診断の対象となるケースもあります。
健康診断は、疾患や病気の早期発見だけでなく、病気のリスクを軽減する予防的な役割も果たします。したがって、健康診断は社員の健康状態を把握し、必要な医療やサポートを提供するための、重要な健康管理施策です。
職場環境の整備
社員が快適に働ける職場づくりも、重要な健康管理の一部です。たとえば、オフィスの室温や湿度の管理、十分な作業スペースの確保、リフレッシュできる休憩スペースの提供など検討事項は多岐にわたります。
社員が気軽に参加できるレクリエーション活動や、社員食堂での栄養バランスの取れた食事の提供も、健康維持に効果的です。さらに、健康セミナーや啓発活動を開催するなど、社員の健康意識を高める取り組みも検討すべきでしょう。
職場環境の整備は、産業医の担当業務とも重なるため、産業医の巡回によるアドバイスを参考にしながら適切な環境の構築を目指してください。産業医には得意分野とそうでない分野があるので、あらかじめ自社の課題を解決できるような産業医を確保しておくことが重要です。
メンタルヘルス対策
近年、ハラタク上でのメンタルヘルスの重大性が認識されています。そのため、社員の心理的な健康を守る取り組みは健康管理に欠かせません。
2015年以降、労働者50人以上の事業所ではストレスチェックが義務化され、50人未満の事業所でも努力義務とされています。ストレスチェックを確実に実施するとともに、相談窓口の設置など、個別対応の充実を検討しましょう。
福利厚生の充実
健康管理に関わる取り組みは、利厚生の一環として提供してもいいでしょう。健康診断、スポーツジムの利用補助、メンタルヘルス相談窓口の設置などの福利厚生は社員の健康を守るだけでなく、企業への満足度を向上させる効果もあります。福利厚生の充実は、健康管理と社員満足度の向上を両立させる、非常に有用な試みです。
まとめ
社員の健康管理は、法律に定められた企業に対する義務であり、必ず実施しなければなりません。しかしそれ以上に、企業の持続的な成長を支える重要な要素もあります。長時間労働の改善や健康診断の実施、快適な職場環境の整備などを進めることで、社員の健康リスクを減らし、働きやすい環境を構築することが可能です。職場環境の改善は、産業医のアドバイスを参考にしながら実施するとよいでしょう。その際には、自社の健康上の課題に対し、しっかりと対応できる産業医に依頼することが重要です。