
企業にとって産業医は、従業員の健康管理やメンタルヘルス対策、職場環境の改善などを担う重要な存在です。しかし「今の産業医では十分な対応ができていない」「会社の規模や方針に合った産業医に切り替えたい」と考える場面も少なくありません。そのような場合には、速やかに産業医の変更を検討することをおすすめします。本記事では、産業医の変更手続きや注意点について、わかりやすく解説します。
産業医の変更は可能なのか?
企業が産業医を変更することは、法律上問題ありません。労働安全衛生法にもとづき、常時50名以上の労働者を使用する事業場は産業医の選任が義務付けられています。変更が生じた際には、所轄の労働基準監督署への届け出が必要です。
また、前任者の解任や辞任から14日以内に新しい産業医を選任しなければならないと定められており、手続きを怠ると罰則の対象になる可能性があります。つまり、産業医の交代自体は自由に行うことができますが、適切な手順と期限を守る必要があります。
産業医の変更を検討すべきケース
ここでは、産業医の変更を検討すべきケースを3つ紹介します。
産業医としての職務・役割を果たしていない
産業医は、従業員の健康診断の実施や職場巡視、面談対応など多岐にわたる役割を担っています。しかし、必要な巡視を行わない、報告書を作成しないといった場合は、法令上の職務を果たしていないことになります。
たとえば「事業場に顔を出すものの、業務を行わない」「新型コロナウイルスの感染者が出たけれど、適切なアドバイスをもらえなかった」といったトラブルは少なくありません。また、産業医は中立の立場で指導や助言を行う必要がありますが、労働者に不利な取り扱いを行ったり、企業の方針と対立したりする場合には、注意が必要です。このようなケースでは、産業医の変更を検討しましょう。
企業の課題と専門スキルがマッチしていない
産業医には、医師としての得意分野があります。たとえば化学物質を扱う工場であれば、労働衛生や有害物質に詳しい産業医が求められます。一方、オフィスワーク中心の企業では、メンタルヘルスや生活習慣病予防に強い産業医が適しています。
産業医の専門性と自社のニーズがマッチしていないと、深刻な問題を引き起こすリスクがあります。事業内容や従業員の傾向とスキルが合っていない場合は、より適切な人材に切り替えることが望まれます。
コミュニケーションがうまく取れない
産業医は経営者・人事担当者・従業員の橋渡し役でもあります。信頼関係や意思疎通が円滑でないと、せっかくの指導内容が現場に浸透しません。
つまり、産業医と企業、双方の歩み寄りが重要です。どちらかが一方通行になると、労働者の安全と健康を守るための指導や助言ができなくなってしまうため、コミュニケーションの取り方を見直したり、産業医の変更を検討したりする必要があります。
産業医の変更手続き方法
適切な後任選びとスムーズな引継ぎを行うためには、定められた手順で着実に手続きを進める必要があります。ここでは、産業医の変更の流れを解説します。
衛生委員会に報告
産業医の辞任や変更が決まった場合には、まず衛生委員会または安全衛生委員会への報告が求められます。産業医が担う役割は従業員の健康に直結するため、変更理由や新しい産業医の選任方針を委員会で共有しておくことが重要です。
委員会を通じて従業員側の意見を吸い上げることで、よりスムーズな交代につながります。
後任産業医の選定
産業医の資格をもつ医師であっても、得意分野や実務経験は大きく異なります。後任の産業医を選ぶ際は、事業場の規模や業務内容に合った専門性をもつ人材を探すことが大切です。
後任の選定は、14日以内に決定する必要があります。医師会や紹介会社、産業医派遣サービスなどを活用すると、効率的に候補者を見つけられます。
書類作成・届け出準備
新しい産業医が決まったら、労働基準監督署に提出するための産業医選任報告や資格証明書類を準備します。産業医選任報告は、労働基準監督署で直接受け取るか、厚生労働省の公式サイトからダウンロードすることができます。
また、サイト上では、入力支援サービスを提供しています。これは、インターネット上で報告書を作成できるもので、登録や事前申請なしで利用できます。誤入力や未入力を防止できる機能が搭載されており、過去のデータも保存されるため、スムーズに届け出を行えます。
提出・届け出
準備が整ったら、所轄の労働基準監督署に書類を提出します。窓口・郵送・電子申請のいずれかの方法を選ぶことができます。
電子申請の場合は、24時間365日いつでも手続きが可能です。まれにサーバーメンテナンスやシステムの不具合が生じることがあるため、時間に余裕をもって申請すると安心です。
産業医変更に関する注意点
産業医の変更にあたっては「空白期間を作らない」「届け出期限を守る」などに注意する必要があります。また、現状の企業の課題を踏まえて、慎重に後任者を選定することが大切です。
空白期間を作らない
産業医を変更する際にもっとも注意すべきは、産業医が不在となる空白期間を作らないことです。産業医は労働安全衛生法にもとづき、従業員の健康管理や職場巡視を担う義務があるため、不在の期間が生じれば法令違反となるリスクがあります。
さらに、従業員が健康上の問題を抱えた際に相談できる窓口がなくなることは、企業の信頼性にも影響しかねません。交代のタイミングは慎重に調整し、辞任や解任と同時に後任が就任できるように準備しておくことが重要です。
届け出期限を守る
産業医を変更した場合は、14日以内に労働基準監督署へ産業医選任報告を提出する必要があります。この期限を守らなかった場合、行政指導や50万円以下の罰金といった罰則を受ける可能性があります。
とくに複数拠点をもつ企業では、どの事業場でいつ産業医の交代があったのかを正確に把握しにくいケースもあるため、事前に担当部署でスケジュールを管理しておくと安心です。
会社のニーズを明確化する
産業医の交代は単なる手続きではなく、企業にとって健康管理体制を見直すよい機会でもあります。たとえば工場では化学物質のリスク管理に強い産業医が必要ですが、オフィスワーク中心の事業所ではメンタルヘルス対策に精通した医師のほうが適している場合もあります。
自社の業種や従業員構成、直面している健康課題を改めて整理することで、よりマッチした産業医を選任でき、長期的な経営の安定にもつながります。
必要に応じて2名体制を検討する
産業医を早急に変更したいと考えていても、すぐに手続きが進められないケースも少なくありません。産業医との相互の承諾や契約上の理由などにより、解任までに時間がかかってしまうこともあります。
そのような場合には、一時的に2名体制をとるのもひとつの手です。通常は、労働人数が3,001名を超える大企業においては2名の産業医を選任する必要がありますが、条件に満たしていなくても義務を果たしていれば複数の産業医と契約することができます。
2名体制だと、その分人件費が発生するデメリットがありますが、労働者の健康状態や職場環境改善を優先するのであれば、2名体制を採用するのが有効です。
まとめ
産業医の変更は法律で認められており、適切な手続きを踏めば問題なく行えます。ただし、届け出の期限や必要書類が定められているため、慎重に進める必要があります。産業医選びに失敗しないためには、まず会社が求めている産業医の業務を明確化することが大切です。そのうえで、産業医としての経験や専門スキル、コミュニケーション能力などを総合的に判断しましょう。空白期間を作らずにスムーズに引継ぎを行うことで、従業員の健康管理が途切れることなく、安心して新しい体制へと移行できるでしょう。